ウラジオストク、2日目の午後は、コンパクトながらも見どころ満載の街の中心部を探検します。
街歩きを続けます。午後は、アレウツカヤ通りとスヴェトランスカヤ通りの交差点からスタートです。
ここにはПриморский госудаственный музей имени В.К. Арсеньева(アルセーニエフ記念国立沿海地方博物館)があります。ここはその昔、日本人がたくさん住んでいた頃、横浜正金銀行だったところです。
これからのルートはこんな感じです。
スヴェトランスカヤ通りを歩き始めます。最初にあるのはTerranova。アパレル系百貨店。その隣、地下に下りる階段は、老舗ロシア・レストラン、Порто-Франко(ポルト・フランコ)。そしてフィルハーモニーがあります。
シベリア鉄道を跨ぐ橋を越えて、白い壁にПАССАЖ(パサージェ)という文字のある建物のドアを開けて入ると、そこが通称「花屋さん通り」。短い通りですが、両側に見事に花屋さんが並んでいます。
店を切り盛りするのは、やっぱりおばちゃん。店ごとのディスプレイのやり方と、色合わせがとてもキレイで楽しい通りです。
そこを抜けると、ストリートアートの名人の作品が楽しめるちょっとした広場へ。
ここにもたくさんの鳩がいました。
ウラジオの鳩は、のんびりしているというか、人に慣れているというか、近づいても全く逃げません。
これ以上先に行くのはやめて、バスで中心部に戻り、今度は、一番の目抜き通り、ул. Адмирала Фокина (アドミラーラ・フォーキナ通り)の裏側の散策です。
さて、お腹はそんなにすいてないけど、何か食べよう。ということで、昨夜行った二・ルィダイの向かいにあるスタローバヤで、サラダと野菜のスープ、そしてロシアと言えば、ソバの実、カーシャ。を食べる。
ミリオンカを少しだけ探検、そして予定外のランチタイム
Семеновская ул.(セメノフスカヤ通り)に入って、その昔、C國人、マフィア、売春宿、賭博場、阿片窟が密集していた旧市街、ミリオンカを探検します。
その目的は、出来たばかりのロシアとアジアをミックスした人気レストラン、「Миллионка(ミリオンカ)」の場所確認のためでした。
まず見つけたのは、ロシア人が日本の「カワイイ」っていう感覚を表現したレストラン、その名も「Tokyo Kawaii」。
店の近くには不思議なアートと、当時を偲ばせる、そして「蠅」になりそうなポイントもたくさんあります。
で、見つけました。「ミリオンカ」。そしてその隣には、またまた人気のバー「Chinoaru」があるではないですか。
それで、外から写真を撮ったり、中の様子をうかがってると、ホール係の女の子が出てきてくれて、「ようこそ、いらっしゃい」みたいな感じで、急遽ランチタイムとなってしまいました。
この店を含めた食レポ、「食べた、そして飲んだ」編は後ほど。
とってもいい雰囲気と食事の後は、また街歩き。通りを挟んだところにСквар Горолов-Побатимов(姉妹都市公園)の「友好の碑」があります。
とってもいい雰囲気と食事の後は、また街歩き。通りを挟んだところにСквар Горолов-Побатимов(姉妹都市公園)の「友好の碑」があります。
この街と友好のある「AKITA」とか「KANAZAWA」などの都市名が刻印されたモニュメントが連なっています。ここからПограничная(ポグラニチナヤ通り)。戦後、シベリアに抑留された日本人が作ったДинамо (ディナモ・スタジアム)を見ながら、左に折れてБатарейная ул.(バタレイナヤ通り)に入っていきます。
すぐに右手に見えてくるのがХрам Св. Благоверного Князя Игоря Черниговского(チェルニゴフの聖イゴール教会)、これまたこじんまりしていますが、味わいのある教会です。
要塞博物館へ
そのまま、スポーツ湾の方向に歩いていき、Владивостокая крепость (ウラジオストク要塞博物館)に向かいます。ウラジオストクはソビエト時代、ソビエト国民を含む市街居住者の立ち入りが禁止された閉鎖都市でした。そして、街の名前「東方を支配せよ」が示す通り、極東を支配するための最前線の街でした。ですから、街のいたるところに軍事モニュメントがあります。その一つが、この要塞博物館です。200pの入場券を購入して、入園します。
ここは壮観です。小高い丘の上に、当時の戦車や高射砲、ミサイルなどが野ざらしで展示されていて、それがまた各兵器の迫力感を増していました。
そしてコンパクトですが、資料館のようなものもあります。ここにも兵器はもちろんですが、当時の写真、観測機器などの計器が展示されていて、そのあとから行くことになる「閉鎖都市ウラジオストク展」での展示内容ともリンクしてくるのです。
そうそう、この博物館を出た時、地図をみながら一生懸命この場所を探していた女性に声かけられました。「日本の方ですよねぇ。要塞博物館って、ここですか ?」「そうですよ。結構見ごたえありますよ、楽しんでくださいね」。やっぱりここはみんな見に来るんだなぁ。
シベリア鉄道の踏切
歩いてきた道を戻って、ボグラチナヤ通りを進み、シベリア鉄道の踏切を渡ります。と言っても、遮断機も警報器も何にもない、ただ線路を渡るための道です。でもシベリア鉄道の踏切を歩いて渡るというのは、めったにできない貴重な体験でした。そしてこの7,000km先のモスクワまでこの線路が続いているのかと思いながら、線路を眺めていました。
少し歩いて右に折れてул. Полога(ポロガヤ通り)を進み、そして左に折れてアレウツカヤ通りをただ何のあてもなくブラブラ歩き。
また、スタローバヤを見つけました。
これ以上先に行くのはやめて、バスで中心部に戻り、今度は、一番の目抜き通り、ул. Адмирала Фокина (アドミラーラ・フォーキナ通り)の裏側の散策です。
この通りに面した建物の裏には、面白いものがたくさん隠れています。そしてストリート・アートの宝庫です。
ここもミリオンカ、古い建物をうまく利用した、新しくて楽しい店がたくさんあります。
ちょうどこの日(翌日もそうでしたが)、台風の影響で海は結構荒れていました。
いたるところに白波が立ち、それを面白がって、はじける波と一緒のカットを取ろうとする女の子たちとか、こんな寒いのに泳いでいる人とか(ウラジオの人たちって、太陽さえ出ていれば平気で泳いている人、たくさんいます。)。
で、カメラも結構しぶきを浴びたようで、レンズカバーに汚れも見えるし、散々歩いたので、一旦ホテルに戻ることにします。
レンズの掃除をして、再び街歩き。グム裏のカフェ、Кофеин(コフェイン)でアメリカーノ。「コーヒーカップが切れててごめんなさい」ということで、ポップな紙コップで。
レンズの掃除をして、再び街歩き。グム裏のカフェ、Кофеин(コフェイン)でアメリカーノ。「コーヒーカップが切れててごめんなさい」ということで、ポップな紙コップで。
さて、お腹はそんなにすいてないけど、何か食べよう。ということで、昨夜行った二・ルィダイの向かいにあるスタローバヤで、サラダと野菜のスープ、そしてロシアと言えば、ソバの実、カーシャ。を食べる。
その時のレシートがこれ。159p、約270円でございます。
そして、街一番のバー「ムーンシャイン」へ。
この続きは、「飲んだ、食べた」編で。そして、Chapter 4に続きます。
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